Love at first sight.
16
今日――俺には忘れられない日となった。
「すまない、遅くなったな」
「いいんですよ、省吾さん。それより…おめでとうございます」
「ああ…ありがとう、輝一くん」
「無事生まれたようだな」
「ええ、2790グラム…第一子は男でした」
KOT――KAI・及川・巽――の三社間の企業を超えた交友は互いに名を呼び合うまでになった。
そして―――。
計画から二年と三ヶ月の今日、呉羽の郷里が新たな形で再生した。その記念式典に俺は出席する事が出来なかった。
それにも増して呉羽の出産の立ち会いの方が重要だと、KOT一致の意見だったからだ。
うちの叔父が経営する【巽総合病院】は、呉羽の郷里【羽津見】に唯一新たな建築物として建てられた病院も管理している。自宅から近い叔父の病院に、呉羽は五日ほど入院した。
一週間前までは店に立って仕事をしていたが、さすがに担当医からいつ破水してもおかしくないので、早めに入院しろと言われていたのだ。
担当医や看護士に出産の立ち会いを勧められ、呉羽は俺の仕事が優先だとつっぱねたが、立ち会う事に決めた。
大事をとった入院の二日後の深夜、破水したとの連絡に慌てて病院に駆けつけた。呉羽はケロッとした顔をしていたが、陣痛が弱いらしく誘発の点滴を始めたところ、痛みに苦しみ始めた。
「これが何時間も続くのか!?」
「まだ子宮口の開きも小さいですから、今は我慢ですね。長い方だと誕生までに丸二日かかる事もありますので、今のうちに準備はなさって下さい」
丸二日…余りの事に目眩がした。呉羽はあと十何時間以上も苦しむのか…!?
「呉羽…辛いか?」
「…省吾さんの方が苦しそうだよ」
「君が苦しいからだ」
「赤ちゃんも頑張ってるんだって…出てこようって、省吾さんに会いたくて一生懸命なんだよ」
まだ痛みの間隔が長いのが、暫くするとそっと息をつく。
子供の心音を取る為の機械からはっきり聞こえる規則正しく力強い鼓動が陣痛と共に弱くなる。
「破水した際、少し量が多かったようでクッションになる羊水が働きをなしていないようで、子宮が収縮すると心音が弱まっています。生理食塩水で補います」
助産婦と担当医の言葉に血の気が引いた…呉羽も泣きそうな顔をしている。
「苦しい…?ごめんね…ごめんね」
自分の方が苦しいはずなのに、呉羽は点滴のない右手で腹を撫でて呟く。血管が細いらしい呉羽の左腕には、何度も刺されたのか針の跡が残っている。それだけでも許せないほど痛々しいのに、呉羽は申し訳なさそうに何度もごめんねと呟いて撫で続けた。
生理食塩水での羊水の代用がうまくいったのか、陣痛が来ても鼓動は強く打ち続いた。
漸く点滴を外されて、俺は呉羽の痛みを和らげる為に手を握りながら腰をさすり続ける。うとうとしかけると襲う陣痛に起こされるのが何度も続き、気付けば朝になっていた。
席を外して敏明に連絡を入れる。
『お義母さんから聞いてるよ、兄さんがお義母さんに連絡してすぐ電話があった』
「そうか、今日はそっちへは行けない。征志郎には俺から連絡するが、お前からも会うなら頼む」
『わかった。呉羽ちゃんにもよろしく』
「伝える」
それからすぐ征志郎にも電話を入れた。
「すまないな」
『気にするな、立ち会ってやれば呉羽さんも安心する』
「お前に言われるとさすがに説得力がある」
『省吾、立ち会うと世界が変わる…妻を見る目も価値観も…証が形となって姿を見せた瞬間――お前の世界は全く新しいものになる。お前も呉羽さんも、そして子供にも新しい世界が生まれる』
「ああ」
『式典は気にするな、今は呉羽さんが一番だ』
「ああ、頼む」
『光一らには俺から話しておく。リアと東雲がそちらに行くはずだ』
分娩準備室に戻ると呉羽はまた痛みをやり過ごしていた。大きくゆっくりと深呼吸を繰り返し、俺に手を差し出す。
「すまない、遅くなったな」
「いいんですよ、省吾さん。それより…おめでとうございます」
「ああ…ありがとう、輝一くん」
「無事生まれたようだな」
「ええ、2790グラム…第一子は男でした」
KOT――KAI・及川・巽――の三社間の企業を超えた交友は互いに名を呼び合うまでになった。
そして―――。
計画から二年と三ヶ月の今日、呉羽の郷里が新たな形で再生した。その記念式典に俺は出席する事が出来なかった。
それにも増して呉羽の出産の立ち会いの方が重要だと、KOT一致の意見だったからだ。
うちの叔父が経営する【巽総合病院】は、呉羽の郷里【羽津見】に唯一新たな建築物として建てられた病院も管理している。自宅から近い叔父の病院に、呉羽は五日ほど入院した。
一週間前までは店に立って仕事をしていたが、さすがに担当医からいつ破水してもおかしくないので、早めに入院しろと言われていたのだ。
担当医や看護士に出産の立ち会いを勧められ、呉羽は俺の仕事が優先だとつっぱねたが、立ち会う事に決めた。
大事をとった入院の二日後の深夜、破水したとの連絡に慌てて病院に駆けつけた。呉羽はケロッとした顔をしていたが、陣痛が弱いらしく誘発の点滴を始めたところ、痛みに苦しみ始めた。
「これが何時間も続くのか!?」
「まだ子宮口の開きも小さいですから、今は我慢ですね。長い方だと誕生までに丸二日かかる事もありますので、今のうちに準備はなさって下さい」
丸二日…余りの事に目眩がした。呉羽はあと十何時間以上も苦しむのか…!?
「呉羽…辛いか?」
「…省吾さんの方が苦しそうだよ」
「君が苦しいからだ」
「赤ちゃんも頑張ってるんだって…出てこようって、省吾さんに会いたくて一生懸命なんだよ」
まだ痛みの間隔が長いのが、暫くするとそっと息をつく。
子供の心音を取る為の機械からはっきり聞こえる規則正しく力強い鼓動が陣痛と共に弱くなる。
「破水した際、少し量が多かったようでクッションになる羊水が働きをなしていないようで、子宮が収縮すると心音が弱まっています。生理食塩水で補います」
助産婦と担当医の言葉に血の気が引いた…呉羽も泣きそうな顔をしている。
「苦しい…?ごめんね…ごめんね」
自分の方が苦しいはずなのに、呉羽は点滴のない右手で腹を撫でて呟く。血管が細いらしい呉羽の左腕には、何度も刺されたのか針の跡が残っている。それだけでも許せないほど痛々しいのに、呉羽は申し訳なさそうに何度もごめんねと呟いて撫で続けた。
生理食塩水での羊水の代用がうまくいったのか、陣痛が来ても鼓動は強く打ち続いた。
漸く点滴を外されて、俺は呉羽の痛みを和らげる為に手を握りながら腰をさすり続ける。うとうとしかけると襲う陣痛に起こされるのが何度も続き、気付けば朝になっていた。
席を外して敏明に連絡を入れる。
『お義母さんから聞いてるよ、兄さんがお義母さんに連絡してすぐ電話があった』
「そうか、今日はそっちへは行けない。征志郎には俺から連絡するが、お前からも会うなら頼む」
『わかった。呉羽ちゃんにもよろしく』
「伝える」
それからすぐ征志郎にも電話を入れた。
「すまないな」
『気にするな、立ち会ってやれば呉羽さんも安心する』
「お前に言われるとさすがに説得力がある」
『省吾、立ち会うと世界が変わる…妻を見る目も価値観も…証が形となって姿を見せた瞬間――お前の世界は全く新しいものになる。お前も呉羽さんも、そして子供にも新しい世界が生まれる』
「ああ」
『式典は気にするな、今は呉羽さんが一番だ』
「ああ、頼む」
『光一らには俺から話しておく。リアと東雲がそちらに行くはずだ』
分娩準備室に戻ると呉羽はまた痛みをやり過ごしていた。大きくゆっくりと深呼吸を繰り返し、俺に手を差し出す。