ヴェルセント(1)
この大陸の人々は殆んどが魔術を使って暮らしている。
魔術とは空中や紙、念の籠った何かに呪文を唱えたり、描いたりして、
実体を造り出したりすることを表している。
そしてその魔術を使う為には無論、魔法というものが使える“特別な力”をもった者が必要になる。
魔法は念の籠った物や決まった呪文を唱えたり、描いたりせず、
自分の内に秘めた“特別な力”を使って念じるだけで使える。
簡単に言えば生まれながら“特別な力”をもっていれば魔法使いと言われ、
魔法使いが念じ、分け与えた“特別な力”の物を使用してしか出来ない魔術師と分かれている。
草花いっぱいに摘んだカゴを左腕に掛けたまま、
右手で小屋のドアノブに手を掛け、捻りながら扉を引いた。
キィィ…、扉の金具が錆びた音が私の耳に鳴り響いた。
一番左にはベッドがあり、
右奥には薬草や食べ物を作る少し広めにしといたキッチンがあり、
その近くには暖炉がある。
中央には木製のテーブルと椅子が3つ。
構造がシンプルだからなのか、誰も座ることのなかった2つの椅子がなのか。
目が覚めてから毎日が寂しくて“あの人達”を思い出す。
テーブルにカゴを置いて、私は一休みがてら椅子に腰を下ろした。
『ふふ、明日にはここを燃やして旅立たなきゃね。』
フワリ、笑って暖炉へ向かって優しくフッと息を吹き掛ければたちまち着火した。
私は魔術師ではなく魔法使い。
それも“特別な力”がある魔法使い。
『さあて、と。』
明日から私は自分のやるべきことの為、少し長めの旅にでなきゃいけない。
少しでも自分の力を使わずに辿り着きたいので、
薬草を煎じ、力を籠めたのを液体化させ持ち歩く事にした。
パチパチと暖炉の火の粉の音が響くこの家は静か過ぎる。
暖炉に入れた薪は赤が強く燃え上がり瞬く間に黒くなってゆく。
『彼もなかなかな性格の子だったわね』
その赤い炎を見ていると懐かしい想いが込み上げクスクスと小さく笑った。
穏やかな雰囲気で、柔らかな物腰をもった彼がいた。
だけど何処と無く距離を置くように皆と接していて、
いつでも冷静で的確な言葉しか述べなくて。
その言葉がまた刺々しくて、何回も泣いた記憶がある。
だけど“大切なもの”を誰よりも知っていた人で、
いつも迷走したり、しそうになるのを引き止めてはヒントをくれた。
私が作った野苺のジャムが大好きで、お口いっぱいによく頬張っている彼の姿は可愛くて笑えた。
あの癖1つ無い腰まで伸びた暗めの赤髪は痛み知らず。
少しの風でもサラサラと靡くその姿はとても綺麗だった。