ヴェルセント(1)
暗黒
右手を真っ直ぐ上に伸ばせば、ゆらゆらと陽炎が小屋を囲む。
『いくよー?!』
「おい馬鹿っ!ちょっとは待ちなさいなお嬢ちゃん!」
慌ただしく小屋から出てきたの赤髪のギランダをおぶったシリナス。
『そーれ!』
垂直に右手を下ろせばメラメラと炎が一瞬にして小屋を覆い囲んだ。
「そーれ、じゃねえよ…」
コツン、私の頭をこずいてきたシリナスをお構い無しに、
『でわ出発しましょーかシリナス君!』
さっさと森の封印を施した場所へと足を進めた。
昨日はいつ寝たのかとか全く覚えていない。
ただただ人と話すのが久しぶりだった私は、
眠気を堪えてまで話したかったのは分かる。
だけどそれもいつしか限界がきたらしく寝たらしい。
朝は日差しが眩しくて起きたが、私の体にはベッドに置いてあった布団と、
隣には私に背中を向けて眠るシリナスの姿が目に入った。
実は気遣いの出来るなかなか良い奴なんじゃないかと思う。
「おーいお嬢ちゃーん」
『ん?なんだねシリナス君?』
歩む足を進めたままクルリ、シリナスがいる後方へと振り返った。
「なあんで俺がギランダを運ばなきゃならねえんだよ〜」
いかにも嫌そうに顔を顰めたシリナスだが、
『だって2人は愛の逃避行しようとしてたんでしょ?』
ニヤリ、嫌味ったらしく笑えばシリナスは「はあ。」と、わざとらしく溜め息をついた。
シリナスは意外と良い奴。
そうは思うんだけど、
何となく。
何となくだけど互いが近付けたような会話は一切無かった。
森の澄んだ空気に漂うのは私の空虚感。
シリナスとギランダが居てもやっぱり“あの人達”との温かい会話や空間には勝らない。
再び3人と並んで歩くことも、
会話をなすことも、
もう叶うことの無いことだと分かっている。
分かっているからこそ私は空虚感に襲われる。
暫しの沈黙と草花を踏み進む2つの足音だけが耳に入り、
森の木漏れ日は明るすぎて少し目が眩む。
「なんだコレ。」
どれだけ時間が経っただろうか。
シリナスの言葉と共に現れたのは紛れもなく私が施した結界の扉。
私の家系の紋章があの時と同じように紫の光となって空中に描かれている。
『ココが外界へ繋がる扉になってるの。』
シリナスへと振り返り、柔らかく笑んだ。
親指と中指を強く擦れば、
パチンッ…―――
音と共に紫の光が四方八方へと放射された。
目映さはほんの一瞬で。
あっという間に元の木漏れ日が私たちの姿を照らす。
『これで終わり。』
「昨日から思ったけどオメエ魔法使いの部類だよなあ?」
シリナスの言葉に思わず振り返ってしまった。
『え、今更?』
本当ヤダこの子。
そんなことぐらいとっくに気付いてると思ってたのに。
「俺とギランダ以外に魔法使いなんて知りもしねえもん。」
ヘラリ、笑うシリナスの眼差しはやっぱり嫌な気分にさせられる。
何でだろうとは思うが、
多分、心ここにあらずな言動だと悟った。