ヴェルセント(1)
彼の革靴を追うように私の視線が自然とギランダの後ろ姿を追う。
背筋を伸ばし、スタスタと歩いて行ってしまうギランダの動きには無駄がない。
『恐っ。』
この村の変わらない所は穏やかな風と、時間がゆっくりと流れているように感じるこの空間。
目に写るものは悲しいことに名残もない。
青や緑の屋根に白い外壁。
自然な色で塗られた家はどれも煉瓦(レンガ)で造られている。
道は白に近い灰色の石を敷き詰め、光の反射で少しキラキラ光って見える。
動物達の姿は無く、田畑も見当たらない。
私が眠っていた間にかなり変わってしまったのが、恐い。
アルセントから凄く離れた国境代わりの森の近くにある村でさえ、綺麗に変わっている。
もはや村ではなく町へと変わっているようにも思える。
ギランダが右の角を曲がってしまい、視界から消えてしまった。
それが妙な胸騒ぎを覚えた私は慌ててギランダの曲がった先へと走り出した。
何も不自然なことではないけど。
だけどこの町は妙に静かすぎるのを走りながらだが気付いた。
だって――――――……誰もいない。
こんな綺麗に変わったのなら、昔よりも少なからず活気はあるはず。
それどころか人っ子一人歩いてやしない。
走ることなんて久々だけど起きて最初に走るのがこんな焦るような状況だなんて……
ついてないとしか言いようがない。
『ギランダッ!!』
角を曲がって直ぐだった。
ぐにゃり、私の目の前が町の景色との境が歪み、真っ黒に染まり上がった。
『………。』
―――…え、もはや何なんでしょうかこの状況ってば。
先に宿を探しにでたシリナスと私が後を追いかけたハズのギランダが、
またもや服を破廉恥に切り裂かれている。
否、もはや彼等の趣味なのか?
無言にしかなれなかった。
「クククッ…」
低くも、けれどその低さは女性の者だと分かる低い笑い声だった。
シリナスとギランダが居る辺りより奥の方だろうか。
黒で染まり上がったその空間は距離感が全く掴めない。
真っ白なローブを纏う彼女は染め上げた私と同じブロンド。
緩く波がかったそのブロンドは胸の辺りまで伸びていて、私のストレートの髪とは真逆ではあった。
「お前はこいつらの仲間?」
彼女の言葉と共に突風にもにた圧迫感が身体に襲いかかった。
斜め後ろへ視線を少し向けるも町の景色はなく、
どうやら先程の圧迫感はこの空間を造り上げる時に使った魔力であろう。
この状況から見て、
彼等の昨日の状態と同じなのは分かった。
しかし、だ。
『仲間ではないと思う。』
うん、仲間ではない。
なんてったって昨日、私は彼等を拾ったに過ぎない。
でも流れで預かった訳だし、この2人はこれから大事な時期に入る。
『でもこの2人を預かってる身ではある。』
「そう。」
彼女は一体、何がしたいのだろう。
この2人がいなくなってしまえば、この大陸はとんでもないことになるというのに。
そもそもそれが狙いなのだろうか。
重い沈黙、
息苦しさにも似た圧迫感に私はこの空間が無理矢理造られたものだと悟る。
そうとなれば時間がない。
『逃がしてはくれないの?』
「そろそろ時間だもの。
私も逃げなきゃならないわ。」
ユラユラと彼女のブロンドの髪が揺れる。
それと同時に私の髪まで少しづつ靡く。
「また近々、お会いしましょう。」
彼女の声と共に黒い空間に姿を消した。
『一体、会ってどうしたいのよ。』
はあ、と思わず溜め息。
私はこの空間から2人を連れ、脱出しなきゃならない。
ブロンドに染め上げたばかりだというのに。
2人の間に足を進め、手を差し出す。
痛みなのか、
この空間の息苦しさからなのか。
ギランダとシリナスの面持ちは決して良いとは言えないほど、歪んでいた。