上司のヒミツと私のウソ
 おばさんはいつものようにわざとらしく困ったふりをして大げさな溜息をこぼしたけれど、すぐに笑って「いいよ。五分だけね」といって作業着のポケットから鍵を取り出す。

「ここで待ってるから」

「ありがと!」

 おばさんから鍵を受け取り、私は廊下を走って昇降口に向かった。


 このビルは、原則として入居者の屋上への立ち入りを禁止している。

 掃除のおばさんたちが自分たちの使うモップやぞうきんを屋上に干していることを偶然知った私は、何度も頼み込んで特別に屋上に出入りする許しを得た。半年ほど前のことだ。

 ただ、屋上へ通じる鉄扉にはいつも鍵がかかっているため、いつでも自由に出入りできるというわけではなかった。

 おばさんが最上階にいる時間は限られている。一日のうち数度、その時間を見計らって来なくてはならない。


 重い扉を押し開け、屋上に出た。

 空調設備と貯水槽だけが設置されている凄然とした陸屋根の空間に、強い風が横なぐりに吹いている。冬の屋上はさすがに寒い。
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