上司のヒミツと私のウソ
 今でも吸いたいという気持ちは消えていないのだけれど、矢神に負けたくないという一心でここまできた。われながら恐るべし負けず嫌い根性だ。


 けれど、矢神の態度はあっさりしたものだった。

 胸ポケットからおもむろに煙草を取り出すと、口に咥えて手慣れた動作で火をつけた。それから見せつけるようにたっぷりと息を吸い込み、ふうっと煙を吐き出した。さも幸せそうに。


「俺の負け」


 あまりにさっぱりしているので、私は呆気にとられて言葉もなくそのようすを見ていた。けれど、徐々に状況が飲み込めてくると、煙に飢えた体の奥から怒りがふつふつと沸き上がってきた。


「最初から、勝負する気なんてなかったんでしょう?」


 矢神は煙草を咥えたままフェンス越しに街並みを見下ろし、横目で私を見た。


「俺には、今すぐ煙草をやめなきゃならない理由なんてないし。あんたには山ほどあるだろうけど」

「……ずるいですよ」

「なんとでもいえ。俺は当分やめる気はない」

 矢神はしゃあしゃあといった。完全に開き直っている。
< 119 / 663 >

この作品をシェア

pagetop