上司のヒミツと私のウソ
 いずれにしても、よっぽど「ひどいこと」なんだろう。いつもいいたいことをズケズケいう裏の矢神が、遠慮するくらいだから。


 でも私は、あのとき矢神がためらった瞬間に気づいていた。


 自分が愛されていなかったことに。


 その事実だけで充分だった。


「今年の十月に発売を予定している、フレーバーティーシリーズの第一弾『キャラメルミルクティー』のプロモーションに採用する企画です」

 矢神は流暢な弁舌で説明を続ける。ミーティングルームの机を囲んでいるのは、矢神と私、それに開発部の本間課長だ。

「テーマは『ほっとする味わい』。ターゲットは二十代から三十代の働く女性。CM、広告展開にはドラマ出演などで活躍しているモデルの相模詩乃を起用します」


 フレーバーティーシリーズに採用すると聞かされたのは、つい一時間前のことだ。


「紅茶の新ブランドに、ですか? それって私の企画……ですよね?」


 ミーティングルームで矢神から話を聞かされた直後、私は信じられずに念を押した。

「そうです」

 矢神は涼しげな顔でさらりと言う。


「わが社の紅茶飲料は安定した売り上げを続けていますが、悪くいえば横ばい状態。ナンバーワンブランドを持つライバル社には大きな差をつけられています」

 私はうなずいた。それくらいは、私でもわかる。
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