上司のヒミツと私のウソ
 彼は本社に来るまで関西本部の営業担当をしていて、なにをおもったか二十八歳のとき自ら志願して本社開発部に転任してきた。現場を見た人間ならではの企画でヒット商品を立て続けに飛ばし、二年前課長に就任。年齢は矢神とおなじ三十三歳だが、矢神は中途採用で入社しているため二人は同期ではない。


 矢神のプレゼンが続いている。


 淀みなく喋る矢神の深い低音の声を隣で聞きながら、私は緊張していることをごまかすために、穴があくほど手もとにある企画書を見つめた。「キャラメルミルクティー」は、香ばしいキャラメルの甘さと濃厚なミルクの風味が特長で、冬の季節に販売される期間限定商品だ。


「この企画には反対だ」


 矢神の説明の途中で、本間課長は遮るようにいった。びっくりするほど大きな、断固とした声だった。


「理由はなんでしょうか」

 矢神はうろたえるようすもなく、落ち着いた声で問い返す。


「フレーバーティーシリーズは、十代から二十代の若い世代をターゲットにして『元気になる香り』というテーマで開発を進めている。今さら宣伝企画に合わせてコンセプトを変えるつもりはない」

「なるほど。わかりました。ほかにもありますか?」

 矢神はいたって冷静だ。
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