上司のヒミツと私のウソ
 本間課長は、手にしていた企画書のコピーをぽんっと机の上に投げた。椅子の背もたれに深く背中をあずけると、大きな動作で両腕を組む。

「今回は、開発主導で進めるっていう方針やったはずやけど?」

 わずかに関西訛りの混じる口調はどこか侮っているようにも聞こえ、ふっと目を細める仕草も挑発的だった。


 本間課長は、年中浅黒い顔をしている。本人はむかし販売店まわりをしていたころの日焼けの名残だといつも自慢げにいうけれど、もとから色黒なのだろうとおもう。

 偉ぶったところがなくて、ひょうきんで面白いひとというイメージを持っていた。

 人事部にいたころ、私たちにも気さくに声をかけてくれて、やわらかな関西弁で面白いことをいってはみんなを笑わせてばかりいた。実はこんなに怖い人だったなんて、驚きだ。


「CMに起用するタレントも、ターゲットに合わせて男性歌手にするってゆうてたやろ。アイドルグループのキ、キスマッ……なんとかいう」

「Kis-My-Ft2です」


 間髪入れずに矢神が訂正した。私はおもわず忍び笑いを漏らしてしまい、本間課長に恐ろしい形相で睨まれた。

「僕も最初はその路線で進めるつもりだったのですが、やはりフレーバーティー独特の上品な香りや豊かな味わいは、十代の女性には受け入れられにくいのではないでしょうか」

 矢神は真顔で淡々と説明を続けている。
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