上司のヒミツと私のウソ
 「あすなろ」の格子戸からもれる温かい灯りが、暗い路地の闇に吸い込まれていた。

 月曜の夜で時間が時間だから、客は少ないだろうと予想していたけれど、入ってみるとカウンター席に女性がひとり腰掛けているだけだった。


「いらっしゃい」

 律子さんの姿は見えず、女性客と談笑していたマスターが、入ってきた矢神を見て「あ」といったのが聞こえた。

 私は矢神の肩越しに店の中を見た。カウンターに座っていた小柄な女性がこちらを振り向き、すこし戸惑うような表情を浮かべた。


 びりっ、と体中に電気が走った。


 卒業アルバムの写真のひとだと、ひとめでわかった。

 金曜日に、ここでマスターに見せてもらったばかりだ。

 当時の矢神の片思いの相手。名前はたしか木下──。


「彩夏(あやか)」


 矢神の気の抜けたようなつぶやきが耳にとびこんできた。
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