上司のヒミツと私のウソ
 彼女はちょこんとカウンター席に腰掛けたまま、体をこちらに向けて「ごめんね」と申し訳なさそうにちいさくほほえんだ。


「庸介(ようすけ)くんがどうしても居場所を教えてくれないから。ここに来ればなにかわかるかとおもって」

「……」

「留守電、何度も入れたんだけどな。聞いてくれた?」


 矢神が黙然として店の入口に突っ立っているので、私もそこから動けず、矢神の背後で立ちつくすしかなかった。


「どうしたの、二人とも。突っ立ってないで座ったら?」

 明るい声でそういったのは、奥の部屋から出てきた律子さんだった。


「木下さん、アメリカで暮らしてたんだって? 一か月前に日本に帰ってきたばかりだっていうから、びっくりしちゃった。全然知らなかったなあ、そんなこと」
< 177 / 663 >

この作品をシェア

pagetop