上司のヒミツと私のウソ
「暮らしてたっていっても、一年くらいですから。それより、律子先生が浩太(こうた)くんと結婚して、お店を始めたことのほうがびっくりです」

「あらそう?」


 矢神は、まだ人形のように突っ立っている。そのことに気づくと、木下さんが矢神を見て困ったように笑った。

「そんな嫌そうな顔しないでよ。大丈夫。私、絶対に誰にもしゃべらないから」


 矢神の同級生なら彼女も三十五歳になっているはずだ。

 でも、卒業アルバムの写真とあまり変わっていない。

 童顔で肌の色が透けるように白く、やわらかそうな茶色の長い髪に自然なウェーブがかかっている。

 顔も、肩も、腰まわりも、パーツのひとつひとつが小さくて、リスみたいにまんまるの黒い瞳をしている。同性の私の目から見ても、かわいらしいひとだった。


 矢神の背中から戸惑いが伝わってくる。


 それに……なんだろう。

 緊張? 不安? それともこの否定的な感情は、私のほう?
< 178 / 663 >

この作品をシェア

pagetop