上司のヒミツと私のウソ
 矢神は呪縛が解けたように、ようやく動き出した。木下さんの隣に座るのかとおもったら、ひとつ席をあけて飛び石状態で腰掛ける。

 木下さんの顔が花のようにほころぶのを見たとき、私は後ずさりしていた。律子さんが手招きしている。


 それ以上前には進めなかった。バッグを握りしめ、私は後ろ手に格子の引き戸を開けた。


「ごめんなさい……私」

 矢神と木下さんが振り返る。


「今日は帰ります。お疲れさまでした」

 急いでお辞儀をして店の外に出た。





 翌日、矢神は朝から外出先に直行していた。

 矢神がいないことに、私は内心ほっとしていた。昨晩の「あすなろ」でのことが気になっていた。
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