上司のヒミツと私のウソ
「さっきまで、課長のお兄さんと会ってました」

 矢神がぎょっとしたように振り返る。


「やっとわかりました。課長が私にプロポーズした理由が」


 コピー機は軽快に動き続けている。

 矢神の全身がこわばるのがわかり、私はあふれてくる暗い感情を抑えられなくなった。


「隼人さんは、あなたが病院を継ぎたがっていると勘違いしていたけど、違いますよね」

 そうでなければ、姿を隠す必要なんてない。

 彩夏さんや自分の兄が目の前に現れたとき、あんなふうに脅えた態度を見せたりしない。


「あなたは病院の仕事なんてしたくないとおもってる。このまえ私に話してくれたように、この仕事を続けたいとおもってる。だから、あのひとたちから逃げているんでしょう?」


 矢神隼人の知らない事実がひとつだけある。

 私がプロポーズされたことだ。
< 209 / 663 >

この作品をシェア

pagetop