上司のヒミツと私のウソ
「断る理由が欲しかった……そうですよね? 私と婚約すれば、お見合いを断る口実になりますもん。だから……あんなに急いで、プロポーズなんか……したんですよね? 病院を継がせようとしている親族から、逃れるために……」

 頬が痙攣を起こしたようにひくついた。泣くまいとして奥歯をぎゅっと噛みしめる。


 気づかれたくない、とおもった。


「でも……私が理想的な花嫁候補じゃなかったから……だから、急いで白紙にもどしたんでしょ……?」


 コピー機が役目を終え、静かに止まった。最後の用紙がトレイに吐き出されると、部屋は異様なほどの静けさに支配された。


「西森」

 矢神が掠れた声でつぶやいた。

 歪んだ顔は違うといっているようにも、認めているようにも見える。


 気づかれたくない。

 真実だったらどんなによかっただろう──そう、私がおもっていることを。
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