上司のヒミツと私のウソ



 会議室からもどるとすぐに携帯電話が鳴った。

 実家からだった。

 私は携帯電話を手に執務室を出て、非常階段に向かった。電話に出ると、母だった。今から店に来られないかという。


「仕事中なんだけど」

 つい、口調が冷たくなってしまう。母の頭の中にはエーデルワイスのことしかない。


「五時半で帰れるんでしょ?」

「いま忙しいの。今日も残業になるとおもう。帰りは遅くなるから行けない」

 非常階段にきつい調子の声が響く。

「少しでいいから、帰りによってちょうだい」

「無理よ。遅くなるっていったでしょう」


「エーデルワイスは今日で最後なのよ」


 母の声が静かに告げた。

 私は言葉を失い、黙って携帯電話を握りしめた。

 そういえば、このまえミサコちゃんからのメールにそんなことが書いてあったっけ。すっかり忘れていた。
< 233 / 663 >

この作品をシェア

pagetop