上司のヒミツと私のウソ
会議室からもどるとすぐに携帯電話が鳴った。
実家からだった。
私は携帯電話を手に執務室を出て、非常階段に向かった。電話に出ると、母だった。今から店に来られないかという。
「仕事中なんだけど」
つい、口調が冷たくなってしまう。母の頭の中にはエーデルワイスのことしかない。
「五時半で帰れるんでしょ?」
「いま忙しいの。今日も残業になるとおもう。帰りは遅くなるから行けない」
非常階段にきつい調子の声が響く。
「少しでいいから、帰りによってちょうだい」
「無理よ。遅くなるっていったでしょう」
「エーデルワイスは今日で最後なのよ」
母の声が静かに告げた。
私は言葉を失い、黙って携帯電話を握りしめた。
そういえば、このまえミサコちゃんからのメールにそんなことが書いてあったっけ。すっかり忘れていた。