上司のヒミツと私のウソ
 そのジャケットを見ただけで、胸にいいしれない安堵感がこみ上げてきた。


 矢神に会いたい。今すぐに。


「いま、谷部長とミーティングルームにいる。それから、あんたに伝言。もどってくるまで待っててほしいって」

 安田は一瞬探るような目で私を見たけれど、なにも聞かなかった。じゃあねとあっさりいってタイムカードを押し、執務室を出ていく。


 八時を過ぎると、執務室に残っていた残業メンバーもどんどん帰り始め、とうとう部屋には私ひとりしかいなくなった。

 矢神と谷部長はまだミーティングルームに閉じこもったままだ。


 ひっそりとした空間に、携帯の呼び出し音が鳴り響いた。

 母だったら出ないつもりで液晶画面を確認すると、母ではなくミサコちゃんだった。


「どうしても来られないの?」


 ミサコちゃんの用件が母と同じものだとわかると、私は心の中で深い溜息をついた。

 私の態度に臍を曲げた母は、ミサコちゃんに泣きついたらしい。

 昔からそう。私のことで困ると、母はすぐにミサコちゃんにすがるのだ。

「さっきもいったけど、行くつもりはないから」
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