上司のヒミツと私のウソ
 エーデルワイスの想い出に浸り、懐かしんでいる両親の顔なんて見たくもない。彼らの想い出の中に私が存在しない事実をまたしても突きつけられ、傷つくだけだ。


 自分でもよくわかっていた。


 私が両親を許さないかぎり、私たちはこれからも変わらないだろう。

 そのことは、わかりすぎるほどわかっている。


 でも、許し方がわからない。

 どうすればあの人たちを許すことができるのか、誰かに教えてもらいたかった。


 誰もいなくなった静かな空間に、私のパソコンのモーター音だけが響いている。

 矢神がもどってくる気配はない。

 迷ったあげく、私はパソコンの電源を切り、立ち上がった。


 帰りかけたとき、ふと矢神のデスクの上に放置されているジャケットが目に入った。私はジャケットを手に取り、形を整えてからコートハンガーにかけた。

 矢神の匂いに包まれると、いつまでも矢神を待っていたいというおもいに駆られて激しく決意が揺らいだ。耳の奥には、電話越しに聞いた昨夜の矢神の声がまだ残っている。

 私は頭を振って、矢神の影を追い払った。


 今夜エーデルワイスに行かなければ、きっと後悔する。


 必死に気持ちを切り替え、執務室を出た。
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