上司のヒミツと私のウソ
 この場所は、この人たちにとって、何にも代えられない大切な場所だったのにちがいない。


 しょうがないな、とおもった。


 両親がこの場所を大切にしてきたことも、私がここを大切におもえないことも、しょうがないことなのだ。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、上に向かうエレベーターに乗りこむ。

 今日の昼食もまたコンビニ弁当だった。

 フレーバーティーシリーズに関する仕事はすべてストップしているけれど、なんとなく落ち着かず、デスクで手早くすませるつもりだった。


 エレベーターが六階で止まる。

 扉が開くと同時に降りようとして、扉の外で待っていた誰かとぶつかった。

「すみません」

 急いで身を引き、顔を上げると、矢神が見下ろしていた。

「……」


 言葉が出てこない。


 矢神は私の背後で閉まりかけた扉にすばやく腕を伸ばして強引に開かせ、つぎに私の左腕を乱暴につかむと引きずるようにエレベーターの中に押しもどした。
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