上司のヒミツと私のウソ
 ふと、その声にも表情にもいつもの余裕がないことに気づいた。

 最上階に着くと、矢神は無言でエレベーターを降りる。屋上へ向かう足取りが重たそうで、疲れているように見えた。


 屋上に出ると、空を包む光の量に目がくらんだ。

 雲ひとつ見あたらない完璧な空。真上から降り注ぐ陽射しは日増しに強くなっている。

 貯水槽が作り出すわずかな日陰のスペースに入り、矢神は段差に腰を下ろして待ちかねたように煙草を吸った。


 私はなんとなく隣に座るのをためらい、矢神から少し離れた場所に壁を背にして立っていた。


「フレーバーティーシリーズの件は、結論が出るまでにもう少し時間がかかりそうだ」


 一息つくと、矢神が下を向いたままおもむろに話し出した。

「可能性はきわめて低いが、できるだけ粘ってみる」

 あくまでも冷静な口調だったけれど、声からは一歩も引かない強い構えが感じとれた。


 矢神がそこまでこのプロジェクトにこだわる理由はなんだろう、と私は考えてみた。

 そもそも、彼はこの企画に乗り気じゃなかったはずで、谷部長に指名されてしぶしぶ引き受けたと聞いている。

 私に対して後ろめたい気持ちがあるから?
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