上司のヒミツと私のウソ
 そうおもうとやりきれない。

 憐れまれているとしたら、ほんとうに、耐えられない。


「開発延期を決めた理由は、なんだったんですか?」

 感情を表さないように努めたけれど、声に冷たさが出てしまった。


「近江飲料がほぼ同じシリーズ企画を進めていることがわかったからだ。しかも発売時期はうちよりも一か月早い。むこうの担当者と会っていくつか条件を提示したんだが、だめだった」

「近江飲料よりもいいものを作ればいいんじゃないですか」

「それはまあそうだが、はっきりいって不利だな」


 矢神は吸いかけの煙草を右手の指に挟んで、貯水槽の陰のラインを見つめている。


 私と目を合わせようとしない。

 屋上に出たときから──エレベーターに乗りこんだときから、一度も。


 矢神の右手がゆっくり動き、ふたたび煙草をくわえた。白く細い煙が陰を割って青い空に昇っていく。

 狭い日陰の空間を沈黙が満たした。

 矢神は石像のように一点を見つめたまま動かない。横顔には、疲れの色だけでなく説明のつかない暗い影が滲んでいた。
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