上司のヒミツと私のウソ
 息苦しいほどに気分が落ち着かない。

 いいしれない不安が胸に募り、私は逃げ出したくなった。でも、矢神にまた怯えた背中を見せるようなまねはしたくない。

 矢神の右手が動いた。煙草の吸い殻を携帯灰皿に押しつける。


「兄がいったことは忘れてくれ」


 横顔がこちらを向き、覚悟を決めたような強い視線が私をとらえた。


「これは俺たち二人の問題で、あんたには関係のないことだ。巻きこむべきじゃなかった」


 私はぼんやりと矢神の顔を見つめた。

 急に火のような怒りがこみ上げてきて、抑えきれなくなった。


「なんですかそれ。もう充分に巻きこまれてます。迷惑なくらいに」

「悪かったとおもってる」

「それで、今度もまたなにひとつ説明しないで、一方的に閉め出すつもりですか。バレンタインデーにマンションの部屋の前で私を追い返したときみたいに」

 一瞬、矢神の片方の眉がぴくりと動いた。

「あのときは、別れることしか頭になかった」

「私の謝罪を聞こうともせずに?」
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