上司のヒミツと私のウソ
「べつに怒っていたわけじゃない。ただ、もうこれ以上あんたを利用するわけにはいかないとおもったから……とにかく別れることを優先した」

 怒っていたわけじゃなかった……?

 じゃあ、私の本性を知ったから別れたんじゃないってこと?


「前にもいったけど、あんたはなにも悪くない。俺に謝る必要なんかなかったんだ」


 うなじに手を置いて、矢神はまた溜息をついた。

 今日はこれで何度目だろう。

 私はのろのろと矢神から離れた場所に座りこんだ。

 矢神の頬を覆う陰が、さっきよりもいっそう濃くなったような気がする。


「あんたを利用しようとしたのは事実だ」

 絞り出すような声で、矢神は話を続ける。

「親族をあきらめさせるには、結婚するしかなかった。あの家にもどらずにすむなら、そのくらい、なんでもないことだった。でも、あんたは俺がおもっていたような女じゃなくて……いや、婚約者としてふさわしくないという意味じゃなくて、なんというか……うまくいえないな」

 矢神はしばらく黙りこみ、言葉を探した。
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