上司のヒミツと私のウソ
「とにかく、あんたが屋上で煙草を吸いながら安田といい争っているのを見たとき、急に罪悪感に襲われて」

 よくわからない理由だったけれど、矢神の言葉には真剣な響きがこめられていた。嘘をついているとはおもえない。

 だから早々に別れることにしたの?

 わざと冷たい態度を取って?

 潮が引くように怒りが徐々に静まっていくのを感じる。あのときは、あれほど傷ついたのに。


「そんなに病院の仕事が嫌なんですか」

 おそるおそる聞くと、矢神は唇の端でかすかに笑った。

「大検も医学部も、当時の俺にはどうでもいいことだった。興味がないからと何度も突っぱねたんだが、周りの押しがおもったより強烈で逃れられなかったんだ。それに、あのときの俺は隼人がそれを望んでいると聞かされて──兄のためだと思いこんでいたから」


 低い声でつぶやくように、「こんなことをあんたに話しても、しょうがないとはおもうが」といった。

 私は無言で首を振り、矢神のつぎの言葉を待った。
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