上司のヒミツと私のウソ
 矢神の口もとに少しだけ笑みが広がる。

「俺はいまの暮らしを続けたい。家にもどるつもりはないし、たぶん医療に関わる仕事に就くことは一生ないだろう」

「そのことを、お兄さんには話したんですか」

「いや」

「どうして?」


 矢神は笑みを浮かべたまま、答えなかった。そのあきらめに満ちた表情だけで、答えを聞かなくてもわかるような気がした。


 矢神隼人は、弟に裏切られたと一方的に思いこんでいる。

 あるいは、誰にも向けることのできない怒りを復讐に変えることで、精神を保っているのかもしれない。

 あのようすでは、矢神の言葉など端から聞こうとしないだろうし、たとえ真実を語っても信じないだろうとおもった。


「態度で示そうとしたんだ。彼の前から姿を消すことで、俺にはその気がないことを伝えようと。そのことを証明するためにも、兄とは二度と会わないつもりだった」

 矢神は淡々といった。
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