上司のヒミツと私のウソ
 彩夏は黒のワンピース姿で、いつも肩におろしている長い髪をうなじでひとつに束ねていた。雨で濡れた足元を、ハンカチで丁寧に拭っている。


「毎年、来てるの?」

 オーダーを取りにきた女性がテーブルを離れると、彩夏が遠慮がちに尋ねた。黒い瞳でのぞきこむようにこちらを見る。

 俺は目をそらして、「あのひとには世話になったからな」とだけいった。


「そっか。私が知らなかっただけか。庸介くんが毎年帰ってきてたこと」


 淋しそうに眼を伏せる彩夏の顔にかからないよう、横を向いて煙を吐く。

 彩夏が煙草の煙を嫌がったことは一度もないが、ほんとうは好きじゃないことくらい知っている。


「ハルさんが亡くなってから、もう二十年になるんだね。早いなぁ」

「同じ年」

「え?」

「俺を引き取ることになったとき、ハルは三十五だった。今の俺たちと同じ」
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