上司のヒミツと私のウソ
 同じ中年オヤジでも父とはずいぶん違う。父は家ではほとんど口をきかなかった。といっても、父と家で顔を合わせることなどめったになかったが。


「しかしおまえ、飯はよく食うくせに細っこいな。最近の子供ってのは、みんなそんなにひよひよなのか? それじゃ転んだだけでも骨が折れるぞ。もう一本や二本折れてんじゃないか? ははは」

 くだらない。


 ハルは一日中家にいた。

 その当時は、見た目にもぱっとしない貧乏くさそうな叔父がなんの仕事をしているのか、子供の俺にはさっぱりわからなかったが、ハルはフリーのライターだった。

 ただし、締め切りに追われてぴりぴりしている姿を一度も見たことがないから、あまり仕事熱心ではなかったといえる。


 ハルは年取った灰色の雄猫を一匹飼っていた。

 家の中で「ハック」としきりに呼ぶ。

 アメリカの小説に出てくる少年ハックルベリ・フィンからとった名前らしい。

 たまにやってくる真っ黒に汚れた野良猫にえさを与えているうちに、いつのまにかこの家に居着いてしまったという。
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