上司のヒミツと私のウソ
「これあげる」

 午後の授業をさぼったことについて、ひとしきり俺に文句をいってから、ふいに鞄の中から明るいオレンジ色の包み紙の箱を取り出した。

 それを見たとたん、今日がバレンタインデーだったことを思い出した。


 彩夏にチョコをもらうのは、五歳のとき以来だ。

 バレンタインの日の朝、幼稚園で俺と隼人にチョコをプレゼントした彩夏は、そのことでほかの子供たちにさんざんからかわれた。

 二人にあげるなんておかしいとか、ほんとうはどっちが好きなんだとか、双子だからどっちでもいいんだろうとか。

 以来十年間、彩夏からバレンタインのチョコをもらったことはない。


 差し出された箱を無言で受け取ると、彩夏はほっとしたような照れくさそうな笑みをちらっと浮かべて、そそくさと帰っていった。


 濁りを帯びたしこりが胸を塞いでいた。
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