上司のヒミツと私のウソ
「寒いだろ。話があるならうちにおいで」

 彩夏は泣き出しそうな顔をしていた。目も鼻も頬も真っ赤だった。必死に頭を振って、「さようなら」と泣き笑いのような顔でいい、走り去った。


 ハルは地面に落ちているオレンジの箱を拾い、なにもいわずに歩き出す。


「バレンタインのチョコだろ、これ」

 家に帰ると、ハルがぽつりといった。

「かわいそうじゃないか」

 急に腹が立って、俺は足元にすりよってきたハックを蹴っ飛ばした。


「こらッ。猫にあたるな!」

「そのチョコはごまかしだ」

「ごまかし? なにが」

「ごまかしだから、ごまかしだっていってんだよっ。あいつはほんとうは俺じゃなくて……」


 それ以上はいえなかった。

 いいたくもなかった。

 あのとき、「違う」と彩夏にもいってほしかった。
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