上司のヒミツと私のウソ
 日が暮れて仕事から帰ってきた母は、「バレンタインデーなのにどうして華(はな)が食べるのっ。それはケンジ君にあげるものでしょう!」と、ものすごい剣幕で怒った。


 母と一緒に、すぐに新しいチョコを買いに走った。

 スーパーはもう閉まっていて、大通りにあるコンビニで、売れ残りの三百円のハート型チョコを買った。

 表面に「I LOVE YOU」と書かれたいかにも安っぽいそのハート型のチョコを持って、私は近所のケンジ君の家に行った。泣きながら。


 後日、母はケンジ君のお母さんからお礼をいわれてご満悦だったけれど、そんな大人の事情がまったく飲み込めなかった私はわけがわからず、とにかく悔しくてたまらなかった。


 その日、私はひそかに決心した。


 もし私が本気でひとを好きになっても、絶対にバレンタインデーには告白しない。

 神聖な誓いは、その日から二十三年間、一度も破られることがなかった。
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