上司のヒミツと私のウソ
「支えていたのは、矢神くんのほう。矢神くんが、木下さんの支えになってたんだね」

「それは……どうですかね」

「あの子、ずっと矢神くんを頼ってたんだとおもう。今回のことで、やっとわかった。ダメだなあ、私。ほんっと、全然わかってなかった」


「そんなことないですよ」

 記憶の底に沈んでいたひとつの光景が、やさしい色を帯びて静かによみがえる。


「俺、今でも感謝してます。あのとき先生がいってくれたおかげで、吹っ切れたんですから」

「あのとき?」

「退学が決まったとき」


 放課後の誰もいない教室で、ふたりで黙って窓の外の夕焼けを見ていた。あたたかな声が包みこむように告げる。


「過去に囚われて生きるか、新しい未来をつくるために生きるか、選べるのは自分しかいない。そういったでしょ」

 思い出して恥ずかしくなったのか、律子さんはグラスの液体に目を移して「うん」と小声でつぶやく。


「俺が過去の檻から抜け出せたのは、先生のおかげです」
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