上司のヒミツと私のウソ
「……ありがと」

 掌にのせた顔を傾けて、律子さんはにっこり笑った。


「矢神くんは、木下さんのことが好きなの?」


 不意をつかれて、言葉に詰まる。

「好きなら、もうそろそろ正直になってもいいんじゃない? それで誰かを傷つけることになっても、本気で好きならしょうがないでしょ。このままじゃ、ずっとそこから動けないわよ」

 答えられない。

「でもね、ひとつだけ忠告しとく」

 なぜか、うれしそうに。

「矢神くんて、鈍感だよね。もうちょっと、女心について勉強しなさい」




 同居していた叔父、曽根春隆が事故であっけなく死んだのは、俺が高校に入った年の五月だった。

 両親も誰ももどってこいといわなかったので、そのままハルの家に残ることにした。

 ただひとり、反対したのが彩夏だった。
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