上司のヒミツと私のウソ
 つらい記憶の片隅には、いつも彩夏がいた。

 ふたりとも救われない淋しさを抱えて、どこにいてもひとりだった。


 居場所を求めて身をよせ合っていただけなのに、いつからか、特別な存在だとおもいこんでいた。


「もう一度最初から始めるんだ。っていうか、彩夏は隼人との関係をなにも始めてないだろ。始めるのが怖くて、俺のところに逃げてきたんだろ」

「そんなことな……」


「俺たちは、ただお互いを都合のいい逃げ場所にしていただけだ」


 彩夏の言葉を遮って、反論をゆるさない強い口調でいい放った。その言葉に、自分自身が傷つくとはおもいもせずに。


 彩夏は黙りこみ、ショックと痛みの滲んだ目で俺を見た。心の中を見透かされそうで、目をそらす。


「私は、そんなふうにおもったことは一度もないよ。でも、いつのまにか庸介くんに、甘え過ぎてたのかもしれない」


 しばらくすると、彩夏が静かに席を立った。

「明日の朝、帰るね」

 おだやかな声が告げた。
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