上司のヒミツと私のウソ
 彩夏の気配が奥の部屋に消えるのと同時に、脱ぎ捨てた背広を手にして店を出た。すぐに律子さんが見送りに出てきてくれる。


「かっこつけちゃって。ほんとにいいのー? 後悔してもしらないわよ」

「しませんよ」

 律子さんはそれ以上なにも聞かず、俺の背中をぽんと軽く叩いた。律子さんに礼をいって、店をあとにする。


 浅い夜の闇に生ぬるい風が漂っていた。


 律子さんにいったことは、強がりでもなんでもない。

 胸を占めているのは、もっと早くこうするべきだったという後悔だけだった。


 自分でもとまどうほど、心は落ち着いていた。





 月曜の朝、いつもの時間より三十分早く出社した。

 屋上に出ると、いつかのパイプ椅子が出しっぱなしになっている。朝といっても夏の直射日光は厳しい。

 パイプ椅子を日陰に移動させ、腰かけた。手にしていた分厚いファイルの束を開く。
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