上司のヒミツと私のウソ
「今さら気が変わったなんて、ひどいですよ。こっちは何か月も待たされた挙げ句、坂本さんのためにスケジュール調整に奔走したっていうのに。やっと撮影日が決まったとおもったら『やっぱりやめる』なんて、あんまりじゃないですか。最初から引き受ける気がなかったとしかおもえません」


 不安と焦りをぶつけるように、佐野は一気にまくしたてた。


 坂本栄治は、京都宇治の老舗茶舗「美舟園」の主任研究員──いわゆる茶匠だった。


 『一期一会』が本格緑茶飲料として消費者に認められ、年間販売量八百万ケースを超えるヒット商品となったのは、美舟園が開発に協力してくれたおかげである。


 当初から、老舗茶舗の茶匠という一般の人々にあまりなじみのない肩書きを持つ坂本にスポットをあて、ドキュメンタリー風の連作CMで取り上げてみてはどうかという話がメンバーの中で持ち上がっていた。だが、坂本本人の快諾が得られず実現に至らなかった。


 それでもあきらめきれずに何度も交渉を繰り返し、数か月前、ようやく今秋のホット緑茶発売に合わせたCM出演の承諾を得たのだった。


 社内では、今回の広告企画で一気に年間販売量一千万ケースを突破しようというもくろみがあった。
< 329 / 663 >

この作品をシェア

pagetop