上司のヒミツと私のウソ
 五十を過ぎた坂本の白い髪は、半年前と同様に短く刈りこまれていた。顔の皺が目立つようにおもうのは、少し痩せたせいだろうか。だが、背中にすっと一本通っているような姿勢の良さはあいかわらずだ。

 微笑を浮かべたまま、坂本が俺の隣にいる西森に目を移した。


「西森と申します」

 挨拶をして、西森がぎこちない手つきで名刺を渡している。


 坂本は受け取った名刺と西森の顔を交互にしげしげと眺め、「ああ、新人さんですね」といって数回うなずき、うれしそうにほほえんだ。

 西森は緊張したようすで、黙って座り直した。


 昨日、京都への出張に同行するよう命じたときも、今朝新幹線で東京駅を発ってから京都までの二時間を隣り合わせの席で過ごしたときも、西森はひとこともしゃべらなかった。


 京都に着いてからも、ただ人形のように俺のあとに従い、ついてくるだけだ。

 頑なに閉ざした表情からは、突然の出張同行を怒っているのか喜んでいるのか、それすらもわからない。


 それでも、宇治の駅で電車を降り、千年の歴史と文化が積み重なる土地で、川から吹いてくるわずかな風にふれたとき、西森の表情が変わったように見えた。
< 332 / 663 >

この作品をシェア

pagetop