上司のヒミツと私のウソ
「初めてお会いしたときに、あなたのことを信頼のおける人だとおもいました。CM出演を決めたのも、半年前あなたがここに来て、どうしてもやらせてほしいと頭を下げていったからです」


「だったらなぜ、今になって出演を取りやめるなどと──」

「しばらく仕事を休むことになりました」

 穏やかな口調のまま、坂本が静かに告げた。


「先日の定期検診で、病気が見つかりました。癌です」





 美舟園の本社を出ると、耳が痛くなるような蝉の大合唱に包まれた。


 ぱんと張った熱気の中にさらされたとき、ネジが緩んだように全身が重く感じられたのは、きっと夏の暑さのせいばかりではないのだろう。


 坂本はすでにすべての手続きをすませていて、週明けには入院するという。

「あなたたちと一緒に仕事ができて、楽しかったですよ。この年になって、こんな楽しい仕事ができるとはおもってもみませんでした」

 今までとなんら変わりのない笑顔で、彼はいった。
< 334 / 663 >

この作品をシェア

pagetop