上司のヒミツと私のウソ
 だが彼の体の細胞は、今も病魔と戦い侵されているのだ。坂本の口ぶりから、彼がもうここにもどってくるつもりがないことを悟った。


 なにも言葉が出てこなかった。

 坂本は再び立ち上がると、深々と頭を下げた。


「今度のことは、ほんとうに申し訳ないとおもっています。どうか、許してください」

 そのまま長い間、坂本は頭を上げようとしなかった。


 蝉たちは容赦ない真昼の太陽と競い合うかのように、ひっきりなしに鳴き続ける。


 駅へもどる道を歩きながら、頭の中では『一期一会』の広告をどうするかということばかり考えていた。すぐにでも、佐野に代替案を作成させなくてはならない。


 フレーバーティーシリーズの新しい商品開発案のこともある。

 今月末の会議でのプレゼンテーションは、失敗が許されない。


 本間の開発チームがエントリーしてくるかもしれず、油断は禁物だ。この機会を逃したら、西森の企画が日の目を見ることは二度とないかもしれないのだ。


 しかし、『一期一会』の広告企画をゼロからやりなおすとなると、たとえ佐野がすぐに代替案を書き上げたとしても、ひとりでは手が回らないだろう。
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