上司のヒミツと私のウソ
 一気に汗が噴き出してくる。

 一瞬、蝉の声が遠くなったような気がした。


──間に合わない。


「課長」

 突然、背後から声をかけられて我に返った。


 足を止めて振り返ると、西森が小走りで追いついてきたところだった。気づかないうちに早足になっていたらしい。


「ちょっと、涼んでいきませんか」


 弾む息を整えつつ、西森が視線を移した右の方向に、木製のドアがあった。

 ドアノブに「営業中」の札が掛かっている。民家と見間違えそうなこぢんまりとしたカフェだった。


 冷房の行き届いた店内には、ガイドブックを見ている観光客らしき中年夫婦がひと組いるだけで、あとは空席だった。

 片隅のテーブルに席をとり、注文したアイスコーヒーを待っている間、窓の外の白く褪せた景色を見ているうちに混乱した頭が落ち着いてきた。


「あの」

 向かいの席に座る西森が、遠慮がちにこちらを見ていた。
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