上司のヒミツと私のウソ
 別れる直前、坂本がいった言葉を思い出している。


「ほんとうは、黙っていようとおもったんですよ。病気のことは、あなたには告げるべきじゃないと。私は古い人間ですからね。余計なことはいわない方がいいとおもってるんです。正直にいえば、他人を傷つける。私の不幸を相手に押しつけてしまう。そうでしょう?」


 まるで、こちらの気持ちを見抜いているようだった。


「昨日の晩まで迷っていました。でも、あなたにはほんとうのことを話すことにしました。この選択が間違っていなければいいのですが」


 体のどこかで、軋むような音がする。

 なにかが合っていない。

 なにか、とても重要なことを置き去りにしている気がする。


「東京にもどる」


 考えがまとまらないまま、言葉が出ていた。


「『一期一会』の広告企画をやりなおす。悪いが、関西本社へはひとりで行ってくれ」

「え……」

「場所はわかるな?」
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