上司のヒミツと私のウソ
「どうしてほんとうのことをいわないんですか」

 段差に腰を下ろすと、西森の真剣な目とぶつかった。


「だって、課長のせいではないでしょう。あれは……」

「そのことは黙ってろといったはずだ」


 美舟園の坂本がなぜ俺に事実を打ち明けたのか、その真意は今もわからない。


 坂本とは、特に親しかったわけではない。

 直接会ったのは四回だ。一度だけ、昼食を馳走になったことがある。


 仕事の話以外、彼とはしたことがない。

 家族は何人いるとか、休みの日はなにをしているとか、どんなことに興味があるかとか──そういう個人的な話は、一切したことがない。


 坂本が電話でもメールでもなく、直接会って自分の声と言葉で俺に別れを告げようとしたのだということは、あとになってわかった。東京にもどってきた日のその夜に、気づいたことだった。


 でも俺は、あのとき、これからのスケジュールのことで頭がいっぱいだった。


 どうやってキャンセルの穴埋めをするか、そのことばかり考えていた。
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