上司のヒミツと私のウソ
 彼のことを心配しつつも、頭の中を占めていたのは、東京にもどってからの仕事の手配のことだった。


 ああいうとき、人は人にどんな言葉をかけるものなのだろう。


 坂本は、どんな言葉をかけてほしかったのだろう。


 どんな言葉も発することができないまま、京都から逃げるように立ち去ったことを、今ではとても後悔している。

 彼が打ち明けた秘密を、なにがあってもいいわけにしたくないと強くおもうのは、そういう心残りがあるからかもしれない。


 俺の隣で西森がうつむき、黙りこむ。

 膝の上で細い指が絡み合う。スカートの下から伸びた白い足。薄いストッキングに包まれた両足の爪先が、ぴったりそろって上を向いている。


 ふいに、手を伸ばしたくなった。


 いきなり現れた衝動に、自分でもうろたえる。


「待ってろっていいましたよね。京都で」

 うつむいたまま、西森がつぶやく。
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