上司のヒミツと私のウソ
「俺はもう、彩夏の相談には……」

「きっとそういわれるから、自分からはあなたの携帯にかけることができなかったって。どうする?」


 会いたくはなかった。

 彩夏に会えば、そして孤独に傷ついた目で助けを求められれば、きっと放っておけない。


「反対されたみたいなの、結婚」


 少しためらったあとで、律子さんが申し訳なさそうに口を開く。

「誰に」

「……矢神くんのご両親」


 今から行く、と短く告げて電話を切った。


 後悔することはわかっていたが、いずれ味わう後悔も、今はたいしたことではないようにおもえた。

 あすなろに行くと、彩夏はカウンター席にこぢんまりと座っていた。迷子になった子供が迎えを待つような、不安でいっぱいの顔をしていた。


 あの日から、彩夏とは一度も会っていなかった。

 電話もぱたりとかかってこなくなった。
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