上司のヒミツと私のウソ
「心配するな。覚悟はできてる。それに、もうこれ以上隠れるつもりもないしな」

 俺の強気な態度が予想外だったのか、彩夏は困惑したようだった。


「庸介くん、ほんとうにもどる気はないの……?」

「当然だろ」

「隼人のために嘘をついてるんじゃないよね?」


 おずおずと聞いた彩夏に、俺はおもわず苦笑した。

「今の仕事も生活も、手放すつもりはないんだ。これは本心だから嘘のつきようがない。隼人はまだ誤解してるようだけどな」


 彩夏は複雑な表情で「わかった」とつぶやいた。また連絡するからといって、彩夏はあすなろを出て行った。


 頼りない小さな後ろ姿を見送っていると、粘つくような罪悪感に包まれる。


 俺たち兄弟のいざこざに彩夏を巻きこみたくないとおもうのに、いつも彼女を苦しめてしまう。そもそも俺が彩夏の幸せを願うなんて、思い違いも甚だしいのかもしれない。


 ともあれ、これ以上彩夏を傷つけないためにも、両親とは会わなければならないとおもった。

 本心を打ち明けると全く気は進まないが、これ以上逃げるわけにもいかない。
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