上司のヒミツと私のウソ
 自分は自堕落な生活を送っているくせに、ハルはこういうことには意外とうるさい。進路なんて、俺にはどうでもいいことなのに。

 麦茶のポットをもとにもどし、冷蔵庫の扉を閉めた。

 黙ってキッチンを出て行こうとすると、ハルに腕をつかまれる。


「大事な話をしてる。無視するな」

「俺には親なんかいない」


 驚いたように強ばるハルの顔。

 俺の腕をつかむ手が、するりとほどける。


「俺は一生ひとりで生きてく。誰の力も借りない。必要ない」


 そういい放つ俺に向けられたハルの目が、うつろな影を帯びた。

 ハルを傷つけても構わないと、一瞬でもおもった自分をバカだとおもった。


 早足でキッチンを出て、まっすぐに四畳半の自分の部屋に入り、襖を閉めた。


 開け放った窓から、けたたましい蝉の声が入りこんでくる。

 夏の午後の熱気をはらんだ風が、かすかにカーテンを揺らした。

 家の中は暗く、静かだった。
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