上司のヒミツと私のウソ
 なんのことかさっぱりわからないし、この女が誰で、どうしてこの場に居合わせているのかも皆目わからないが、ちょうど料理が運ばれてきたので聞き出すタイミングを逸してしまった。


 食事の間中、彼らは当たり障りのない世間話を続けた。

 叔父夫婦がつい最近ヨーロッパ旅行に行ってきたとか、従兄弟の誰それがどこぞの令嬢と結婚したとか。興味がないのでほとんど聞き流していた。

 有里とかいう女は、始終にこにこ笑って、機嫌よく両親の話に相槌を打っている。


 俺は話を聞くふりをして、窓の向こうにひろがっている乾いた夏の青空を見ていた。

 ここから見る空も会社の屋上から見上げる空も同じなのだと思うと、妙に気分が落ち着いた。


 ふいに、西森の顔を思い出す。


 仕事をしているときの澄ました顔。屋上で見せる気の抜けた顔。俺に刃向かうときの怒った顔。くやしそうな顔。恥ずかしそうな顔。うれしそうな顔。


 この一か月、西森が俺に見せたさまざまな顔が浮かぶ。
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