上司のヒミツと私のウソ
 財布から五千円札を取り出して運転手に手渡す。


「彼女の家まで行ってもらえますか」

「えーっ。なんで!」


 騒ぎ出した有里をにらみつける。


「子供はおとなしくいうことをききなさい」


 一瞬、有里が言葉に詰まった。たちまち顔を真っ赤にさせる。


「な……なによ、子供って。あたしはもうハタチよ。中学生じゃないんだからね」

「じゅうぶん子供だよ」


 運転手に「頼みます」と短く告げて俺はさっさと車を降り、ドアを閉めた。

 ふくれっ面の有里を後部座席に乗せたタクシーが、ゆっくり走り出す。


 猛暑が生み出す陽炎の中で、黒い車体がゆらゆら揺れながら徐々に遠ざかっていく。


 ……疲れた。

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