上司のヒミツと私のウソ
 俺はエントランスのドアを押し開けた。ふり返ると、隼人はその場に立ったまま動こうとしない。

「部屋に上がれよ。話があるんだろ」

 しぶしぶ誘うと、隼人はわずかに唇の端を曲げてほほえんだ。


──まったく、嫌になる。

 どうしてこいつの考えていることがすぐにわかってしまうんだろう。


 昔からそうだった。

 出来の悪い弟を心配する反面、優越感を感じていたことも。

 親のいいなりになっている優等生の自分を、心の底では嫌っていることも。


 ほんとうは彩夏を好きだということも……。


 なのに、なぜあのときは読み誤ったのだろう。

 俺が身代わりになることを、隼人が望んでいるなんて──。


 部屋に入ると、隼人は落ち着かない様子で窓のそばに立ち、長い間片付けられていない散らかった部屋の中を見回していた。

 腑に落ちないような顔をしている。
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