上司のヒミツと私のウソ
 隼人は怒るでもなく笑うでもなく、無表情だった。

 俺に向けられた目は妙に落ち着いていて、その目を見た瞬間に、隼人はもうなにもかもわかっているのだと悟った。


「おまえ、彼女ともどらなかったのか」

 突然、隼人が意味のわからないことをいう。


「この前、おまえが俺のマンションに怒鳴りこんできたときに、おまえが本気だということはわかった。だからてっきり、もどったものとおもっていたのに」


 隼人は左手で顎を支え、ぶつぶつと独り言のようにつぶやいた。

 いっていることの意味がまったくわからない。


「このようすじゃ、だめだったんだな」

 散らかった部屋を納得げに見回して、ひとりで合点している。


「……なんのことだ?」

「例の彼女」

「彼女?」

「西森華」


 ああ、そうか。

 隼人は西森のことを誤解しているんだった。
< 372 / 663 >

この作品をシェア

pagetop