上司のヒミツと私のウソ



 脳天に水を浴びせられたかのようだった。

 私はぎょっとして咥えていた煙草をテーブルの上に落としそうになり、あわてて手で受け止めた。

「あつつッ」


 つい声を出してしまった。

 カウンターの革ジャンが振り向く。


 唇の端で煙草を咥えたまま振り向いた彼は、ぞっとするような目つきで私を見た。

 目つきの悪さもさることながら、洗いざらしの髪に伸びた髭、革ジャンにジーンズという格好。どこをどう見てもエリート会社員の矢神庸介とは別人だ。


「あれ、知り合い?」

 結果的に見つめ合う形になっていた私たちに気づき、厨房のひとが興味深そうにカウンターから身を乗り出す。

「いや、べつに」

 即答だった。いい終わる前に私に背を向けていた。


 私はコートを手にして席を立ち、まっすぐにカウンターに向かった。

 彼の斜め後ろに立つ。相手はそしらぬ顔で煙草の煙を吐き出している。
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